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福岡高等裁判所 昭和58年(行コ)13号 判決 1987年3月30日

大分市長浜町三丁目六番三号

控訴人

葛城啓三

右訴訟代理人弁護士

内田健

大分市中島西一丁目一番三二号

被控訴人

大分税務署長

阿南治夫

右指定代理人

永松健幹

末廣成文

西山俊三

井寺洪太

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人が控訴人の昭和四一年分の所得税につき昭和四四年八月一七日にした更正処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表二行目と三行目の間に「四したがって、総収入金額は控訴人主張額一五三三万二四三〇円に右二六八四万五四一九円を加算した四二一七万七八四九円である。」を挿入する。

2  控訴人の新な主張

(一)  乙グループの土地に関する信義則違反について

被控訴人は、控訴人の昭和三九年分所得税の更正処分及び異議棄却決定の際、控訴人の乙グループの土地の取得が建設省に収用された土地の代替資産の取得であると認定判断し、また熊本国税局長の裁決においても同様の認定がされているから、乙グループの土地がたな卸資産でないことは税務上確定したというべきである。しかるに、被控訴人は、控訴人の昭和三九年分所得税の課税処分取消訴訟において、当初は右更正処分と同様乙グループの土地が代替資産であることを自認しながら、右訴訟の第一〇回準備書面において、突如として、乙グループの土地は代替資産ではないとその主張を変更したが、これは本件訴訟において乙グループの土地がたな卸資産である旨の被控訴人の主張を維持するための重大な障害となるためである。

ところで、租税法律関係についても信義則の適用があり、<1>税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を示したこと<2>納税者がその表示を信頼しかつ信頼したことについて責めがないこと<3>納税者がその信頼に基づいて何らかの行為をしたこと<4>税務官庁が当初の信頼の対象となる公的見解の表示に反する行政処分をしたこと<5>納税者がその行政処分により救済に価する経済的不利益を被ったことがその適用要件とされているところ、本件乙グループの土地について、控訴人は、昭和三九年分所得税の課税処分の際、右土地が代替資産である旨の更正処分及び異議棄却決定に示された被控訴人の見解を信頼して、本件昭和四一年分所得税の申告をしたのに、乙グループの土地がたな卸資産にあたると認定した被控訴人の本件更正処分は、控訴人の右信頼性を裏切り、控訴人に対し極めて不当な経済的不利益を課するものであって、右適用要件に該当し信義則に反し許されない。

(二)  訴外小野寿鋼機株式会社に対する貸倒金の必要経費算入について

控訴人は、控訴人と被控訴人間の昭和四〇年分所得税課税処分取消訴訟(大分地方裁判所昭和四六年行ウ第三号、当庁昭和五八年(行コ)第一二号)において、控訴人が昭和三八年七月一八日訴外小野寿鋼機株式会社(以下、訴外会社という。)との間で交わした覚書に基づき、別紙物件目録記載の土地建物(以下、覚書物件という。)の買受代金として訴外会社に交付した前渡金二一六〇万円が訴外会社の倒産により昭和四〇年中に回収不能となったので、昭和四〇年分の所得金額の計算上、貸倒金として必要経費に算入すべきであると主張したところ、右第一審判決において、右前渡金二一六〇万円は訴外会社ではなく訴外小野金二郎(以下、金二郎という。)との間の売買契約に基づいて同人に支払われたものであるが、同人から回収見込みのないことが昭和四〇年中に確定したと認めるに足りる証拠がないとして控訴人の主張を認めなかった。

しかしながら、右第一審判決は、二一六〇万円を渡した相手が、訴外会社であれ金二郎であれ、右売買契約の前渡金である旨明確に認定しているのであるから、昭和四〇年中に右前渡金の回収が不能であったことが確定できないというのであれば、昭和四一年中には確定的に回収の見込みがなくなったというべきであるから、右前渡金二一六〇万円は、昭和四一年分の所得金額の計算上、貸倒金として必要経費に算入すべきである。

3  控訴人の新な主張に対する被控訴人の反論

(一)  乙グループの土地に関する信義則違反について

被控訴人が控訴人の昭和三九年分所得税の更正処分及び異議棄却決定において控訴人主張のとおり認定し、熊本国税局長の裁決においても同様の認定をしていることは認める。しかしながら、課税の基礎となるべき諸事実は客観的に存在し、その結果としての所得金額や納付すべき税額は税法の規定するところにより自動的に定まるのであって、税務署長が行う更正処分等にはそれらの事実を確定する権能はあり得ない。ただ税務署長は自己が調査したところに基づき更正処分等の形式で税を賦課徴収する権限を与えられ、税法所定の除斥期間の経過とともにそれ以後更正等の処分をなし得なくなるため、権限ある者によって取り消されない限りにおいて、税務署長がした更正処分等による納付税額がその範囲で確定するにすぎないのである。まして、審査裁決庁たる国税局長に控訴人主張のごとき確定権能がないことは当然である。

また被控訴人が控訴人の昭和三九年分所得税の課税処分取消訴訟において控訴人主張のとおり主張を変更したことは認める。しかしながら、税務訴訟においても口頭弁論終結時までに集めた資料に基づいて主張することは何ら非難されるべきことではなく、右訴訟の第一〇回準備書面提出時までに現れた資料によれば、乙グループの土地が代替資産にあたらないことが明確になったので、被控訴人は真実に従って正当な主張をしたまでである。

ところで、租税賦課処分の分野において信義則(禁反言の法理)が適用されるか否かは議論のなるところであるが、<1>租税の賦課要件は法律上定まっていること<2>いわゆる代替資産又は買換資産を取得した場合の課税の特例に関する租税特別措置法の規定は例外的規定であり租税負担公平の原則に反する効果を有すること<3>右法理の適用は本来許されるべき税務署長の権限の行使を抑制するものであることなどから、仮に適用があるとしても厳格慎重になされなければならない。

これを本件についてみるに、<1>措置法三一条一項の適用を受けるためには、代替資産がたな卸資産ではなく、かつ譲渡資産と同種の資産その他これに代わるべき資産であることを要するところ、乙グループの土地はたな卸資産に該当し山林業の用に供した事実もないから右要件に該当しないこと<2>右法条の適用を受けるためには、その旨確定申告書に記載するとともに政令で定める事項等に関する記載を行うべきところ、昭和三九年分所得税の確定申告書にはいずれもその記載がないこと<3>被控訴人が昭和三九年分所得税の更正処分及び異議決定処分において誤った判断を下す結果になったのは、控訴人が種々言辞を弄して抗争したために、控訴人の主張には疑問を抱きながらも調査の時点ではこれを排斥できるに足る十分な資料を集め得なかったので、やむを得ず控訴人の申告を否認せず放置したことによるものであって、その基因するところは控訴人の不誠実な態度によるものであること<4>昭和四一年分所得税については、控訴人が過少申告をしていたために被控訴人は法律の定めるところに従って適正に課税したのであって控訴人が不当に経済的不利益を被った事実はないことなどからして、本件においては信義則を適用すべき余地は全く存せず、控訴人の信義則違反の主張は失当である。

(二)  訴外会社に対する貸倒金の必要経費算入について

控訴人は、右貸倒れの事実を明らかにするものとして、売買契約の存在に関する覚書(乙第二一〇号証)、前渡金の支払いを証する約束手形、小切手(乙第二一一号証の一ないし九)を提出している。

しかしながら、右覚書はその形式に不備、不自然、異状な事項があるだけでなく、その内容やその作成に関与したとされる関係者の供述も不自然で矛盾しており、控訴人が貸倒金についての主張を正当化するために後日作成したものとしか考えざるを得ない。また前渡金の支払いを証するものとして訴外会社から受け取ったという右約束手形、小切手についても、控訴人は領収証代わりに受け取ったと主張するが、売買代金の領収証として、売主から約束手形や小切手の交付を受けることは通常あり得ないことであり、かつ、右約束手形には支払期日や受取人、振出日の記載がなく手形番号も欠落し正規に発行された手形とは到底認められず、右小切手も振出人が振出日から間もなく倒産していることからすれば、もともと無価値な小切手を貸倒金についての主張を正当化するために後日入手したものとしか考えられない。さらに前渡金二一六〇万円の資金の出所も明らかでないこと、控訴人と訴外会社の代表取締役である小野寿市(以下、寿市という。)、金二郎との身分関係、訴外会社の破産に際しても右債権の届出をしていないことなどに徴すると、控訴人と訴外会社ないし金二郎との間で覚書物件の売買契約がなされ、控訴人が前渡金として二一六〇万円を支出した事実は到底認めることができない。

仮に、控訴人が資金を出しているとすれば、多くて一三〇〇万円程度であり、それも寿市ないし金二郎に対する親族関係に由来する個人的な貸付金、換言すれば所得税法上の非営業貸金に当たるものであって、雑所得の金額の範囲内でしか控除できず、事業所得の必要経費とはならない。

三  証拠関係は、原審及び答申記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求は、原判決認定の限度において認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏一〇行目の「酒造業を営んでいた土地が」の次に「建設省起業大野川河川改修工事の用地として」を、同一〇枚目表二行目の「また、」の次に「成立の争いのない乙第九四号証の一ないし三、」をそれぞれ加え、同六行目の「売却している」を「売却するなどしておそくとも昭和三六年ごろから不動産業を営んでいた」に改め、同八行目の「主張し、」の次に「成立に争いのない」を加え、同一二行目の「一〇筆」を「一一筆」に改め、同一二枚目表七行目の「甲第一八号証」の次に「前掲甲第三四号証」を、同枚目裏三行目の「認められる。」の次に「そして、前掲甲第三四号証、甲第三九号証の控訴人の供述記載中には、右売却により種苗地が足りなくなったため、乙グループの土地を種苗地として取得した旨の供述記載がある。」を、同一四枚目表一行目の「第一五五号証の一」の次に「同号証の四」をそれぞれ加え、同三行目の「二万二一五〇円」を「二万二一三〇円」に改め、同八行目の「弁論の全趣旨」の前に「前掲乙第一五五号証の一、四及び」を加え、同枚目裏三行目の「弁論の全趣旨」を「原審における控訴本人の供述」に改め、同一五枚目表二行目「次に、」の次に「前掲乙第一五五号証の一、四及び」を、同一一行目の「原本」の前に「前掲乙第一五五号証の一、四」をそれぞれ加え、同一二行目の「弁論の全趣旨」を「原審における控訴本人の供述」に改める。

2  控訴人の当審における新たな主張について

(一)  乙グループの土地に関する信義則違反について

被控訴人が、控訴人の昭和三九年分所得税の更正処分及び異議棄却決定の際は、控訴人の乙グループの土地の取得が建設省に収用された土地の代替資産の取得であると認定しながら、昭和四一年分所得税に関する本件更正処分において、乙グループの土地がたな卸資産であると認定したことは、被控訴人の見解を信頼して昭和四一年分所得税の申告をした控訴人の期待を裏切る結果となることは否定できない。しかしながら、信義則を適用したため違法な結果を容認することになるような場合には、その適用は慎重になされなければならないのであって、仮に本件更正処分が信義則適用の結果取り消されるとすれば、控訴人は不当に課税を免れることとなる反面、本件更正処分によって格別税法上利益を受けるわけでもなく、また本件更正処分によって控訴人が不当に経済的不利益を被ったという立証もなされていないのであるから、本件更正処分のうち乙グループの土地に関する部分が信義則に反する違法な処分であるとは到底認めることができない。

したがって、控訴人の右主張は失当である。

(二)  訴外会社に対する貸倒金の必要経費算入について

成立に争いのない乙第一六四ないし第一六八号証の各一、同第一六九号証、同第一七〇号証の一、同第一七一、第一七二号証、同第一七三ないし第一七五号証の各一、同第一七六、第一七七号証、同第一八三号証、同第一九八号証、同第二一二号証の一、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したものと推定される乙第一八九号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一九〇号証、同第二〇五号証の三、四によれば、昭和二九年ごろ寿市の長男小野淳一郎が経営していた合資会社小野寿機材店が倒産し、債権者による負債整理が行われたが、債権者の一人である井ゲタ鋼管株式会社(後に住金物産株式会社と商号変更、以下、住金物産という。)に対しても多額の負債を抱えていたため、右小野寿機材店のために物上保証人となっていた寿市は、覚書物件を含む自己所有の一切の不動産を代物弁済として住金物産に提供し昭和三一年一二月二五日住金物産のために所有権移転登記をしたが、その際、寿市と住金物産との間に、将来買戻資金ができたときは、右物件を買い戻す旨の約束ができたこと、右小野寿機材店は倒産したものの同社の持っていた販売力や知名度は捨て難いものがあったので、これらを利用して別会社を設立しようという計画が持ち上がり、住金物産の援助により、昭和三一年一一月一二日訴外会社が設立され、寿市及び住金物産の社員である白石琢郎が代表取締役に、寿市の二男金二郎が取締役にそれぞれ就任したこと、訴外会社の業績は当初は概ね順調であったが、その後次第に悪化し、その責任を問われて昭和四〇年一月三〇日寿市は代表取締役を金二郎は取締役をそれぞれ解任され、住金物産の社員である緒方八郎太が代表取締役に就任して建て直しにあたったものの及ばず、同年六月三〇日不渡手形を出して倒産し同年九月七日大分地方裁判所において破産宣告を受けるに至ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、前掲乙第一八三号証、成立に争いのない同第一八四号証中には、控訴人は、昭和三八年中ごろ、寿市から、代物弁済物件の買戻しの約束をしていた当時の住金物産の社長が非常勤となり自分も年をとったのでここ一年以内ぐらいでなければ買戻しが困難になるが、さしあたり買戻し資金調達のめどがつかないので、控訴人において買い戻してもらいたいとの要請を受け、金二郎、寿市の長女の夫である加藤真一郎(以下、真一郎という。)とも協議した結果、同年七月一八日、控訴人と訴外会社との間において、「訴外会社は住金物産より覚書物件を買い戻したうえ、これを代金二一六〇万円で控訴人に売り渡す。控訴人は訴外会社の申し出により逐次右代金を分割して支払い、訴外会社は右代金を受領するたびにこれと同額の約束手形又は小切手を控訴人に交付する。」との売買契約が成立し、その旨の覚書(乙第二一〇号証)を作成した旨及び控訴人は右契約に基づいて昭和三八年七月二〇日一〇〇〇万円、同月二五日三〇〇万円、同年八月八日一五〇万円、昭和三九年二月二八日四〇万円、同月二九日五〇万円、同年八月二二日八〇万円、同年一二月二八日二五〇万円、昭和四〇年一月二二日二〇〇万円、同年二月二二日九〇万円、合計二一六〇万円を右売買代金の前渡金として訴外会社に支払い、その都度訴外会社から同額の約束手形、小切手(乙第二一一号証の一ないし九)の交付を受けた旨及び控訴人が右約束手形、小切手の交付を受けたのは、当時覚書物件がまだ住金物産の所有であったので、売買代金として領収証を発行することはできないという訴外会社の申し出により、領収証代わりに受け取ったものである旨の各供述記載があり、原本の存在及び成立に争いのない甲第四六号証中にも同旨の供述記載がある。

しかしながら、右乙第二一〇号証の覚書には、売主である訴外会社の社印や代表者印が押捺されていないうえ、物件引渡や所有権移転登記の時期が表示されていないなど不動産の売買契約書としては形式的にも不備不完全であるのみならず、住金物産を除外してこのような契約をしても実効があるとは考えられないのにこれを除外して控訴人ら親族(控訴人の妻は寿市の二女である)のみの間で約定されており、また代金支払方法についても売主の申し出により逐次支払うとか代金支払いと引き換えに売主から買主に代金額と同額の約束手形又は小切手を交付するというような不動産の売買代金の支払方法としては極めて不自然な取り決めがなされており、原本の存在及び成立に争いのない乙第一九四号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したものと推定される乙第一八五号証、同第一八六号証、同第一八八号証によれば、右覚書の作成に関与したとされている金二郎は、被控訴人職員による税務調査に際して、「覚書を作成し捺印した覚えはない」とか「真一郎に一任した関係上全く知らない。自分は押印していない。」などと供述し、同じく寿市も「覚書を作成したかどうか覚書に印を押したかどうか記憶がない。」と供述し、重要な事項について控訴人の前記供述記載と矛盾している。

また、前掲乙第一六五号証ないし第一六八号証の各一、同第一六九号証、同第一七〇号証の一、同第一七一、第一七二号証、同第一七三ないし第一七五号証の各一、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める乙第一七八号証によれば、覚書物件について、昭和三八年九月二三日住金物産から真一郎名義で買戻しがなされ、同年一〇月一七日と同年一二月四日の二回にわたり真一郎及び金二郎名義に所有権移転登記がてされていることが認められるが、控訴人と訴外会社との間に控訴人主張のような売買契約が締結されていたのであれば、どうして控訴人名義に所有権移転登記をしなかったのか合理的理由を見出し難いのみならず、前掲各証拠及び弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める乙第一七九、第一八〇号証、同第一八二号証によれば、右覚書物件について、控訴人に何ら相談もなく、昭和三九年一月一五日訴外会社と住金物産との間に代物弁済の予約がなされ、真一郎名義分については昭和四〇年四月六日、金二郎名義分については同月九日訴外会社の債務の代物弁済として再び住金物産に所有権移転登記がなされていることが認められるのに、控訴人において何ら保全措置をとった形跡はなく、かえって控訴人の前記供述記載によれば、右代物弁済の予約がなされた後も六回にわたり七一〇万円を覚書物件の売買代金の前渡金として訴外会社に支払ったことになる。

つぎに、控訴人が覚書物件の売買代金の領収証代わりに訴外会社から交付を受けたと主張する約束手形、小切手のうち、乙第二一一号証の一、二の約束手形は、手形番号や支払期日などの記載がなく貼付収入印紙の消印もなされていないなど正規に発行された手形とは到底認め難く、また乙第二一一号証の四、九の小切手についても、前掲乙第一九四号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一九二号証の三ないし九、同第一九三号証の一ないし四によれば、いずれも支払いの裏付けのないものであることが認められる。

さらに、前掲乙第一八九号証、同第一九〇号証、第一九四号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める乙第一九一号証によれば、住金物産の大分出張所長明石弘道は昭和四〇年四月ごろから訴外会社の財産整理にあたったが、訴外会社の帳簿には控訴人の債務については全く記載がなかったこと、訴外会社は同年九月七日破産宣告を受け昭和四二年二月一七日破産終結をしたが、控訴人は破産債権の届出をせず配当も受けていないことが認められる。

以上認定の諸事情を勘案すると、控訴人と訴外会社との間に覚書物件の売買契約が成立して乙第二一〇号証が作成され、控訴人が右売買代金の前渡金として訴外会社に二一六〇万円を支払い、訴外会社から領収証代わりに乙第二一一号証の一ないし九を受け取った旨の控訴人の前記供述記載はたやすく信用することができず、他に控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、前掲乙第一八五、一八六号証、同第一八八、一八九号証によれば、控訴人は当時覚書物件の買戻資金として寿市ないし金二郎に対して一〇〇〇万円ないし一三〇〇万円程度を貸し付けたことが窺われないではないが、仮に右事実が認められるとしても、前記認定の事実及び前掲各証拠によれば、右は控訴人と寿市ないし金二郎との間の親族関係に由来する個人的な貸付金すなわち非営業貸金であると推認されるから、右貸金の貸倒れによる損失は雑所得の限度内で控除できるにすぎず、事業所得の計算上必要経費には算入できないものというべきである。

したがって、控訴人の貸倒金の必要経費算入についての主張は理由がない。

二  よって、原判決は結局相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩田駿一 裁判官 鍋山健 裁判官 最上侃二)

物件目録

大分市大字大分字塩九升町五二五八番一四

宅地 二坪六合八勺

同所一四四〇番一七

宅地 二七坪

同所一四四〇番二二

宅地 八三坪

同所一四三九番五

宅地 九二坪二合五勺

同所一四三九番地五

家屋番号 大分五区西一三八番

木造瓦葺平家建倉庫 四〇坪五合

同所一四三六番

宅地 一三六坪

同所一四三六番地

家屋番号 大分五区西九一番

木造瓦葺二階建店舗居宅

一階 三九坪六合五勺

二階 三坪

同所一四三六番地

家屋番号 大分五区西九三番

木造瓦葺平家建居宅 一〇坪五合

大分市大字大分字古池尻三八七三番三

宅地 一五〇坪

大分市大字勢家字京泊一三六〇番

宅地 九八坪

同所一三六一番

宅地 一一二坪

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